信濃毎日新聞ニュース特集

トリノ冬季パラリンピック

教師の夢半ばで事故 小池選手 スキー競技で新たな道
2006年3月17日掲載
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 【セストリエール16日=井上典子】トリノ冬季パラリンピックのアルペンスキー会場で、諏訪清陵高校教諭の小池忠男さん(54)が長男の小池岳太選手(23)=日体大・岡谷市出身=の滑りを見守っている。自分と同じ体育教師を目指していた小池選手が障害を負った後に選んだ道も、スポーツを続けることだった。「トップ選手のラインどりは健常者と同じだね。岳太は下手だけれど」。言葉はきついが、声援を送る父の顔に笑みがこぼれた。
 小池選手は、大学1年だった2002年10月、交通事故で左腕の自由を失った。日体大サッカー部のゴールキーパー。「スポーツ生命は終わり。これからは別の道を探してあげないとな」と、忠男さんは入院中の小池選手のためにパソコンを買った。だが1年後、小池選手は再びスポーツを始めた。
 パラリンピックを目指してアルペンスキーを始める時、相談を受けた忠男さんは「あの事故で生きていただけいい。好きなようにやってみろ」と小池選手を後押しした。
 目指していたのは2010年カナダ・バンクーバー大会だ。トリノ大会への派遣が決まり電話をかけてきた小池選手に、忠男さんは「謙虚でいろ」と声をかけた。「代表に選ばれただけで浮足だってはいけない」との思いからだったという。
 16日の大回転は、本人にとってやや不本意な19位。「緊張しているし、まだ自分は下手。でも、父には思い切りいくところを見てほしいし、これからも見守ってほしい」と小池選手。忠男さんは「バンクーバーに向けて頑張ってほしい」とエールを送った。
【写真説明】立ち上がって声援を送る小池選手の父忠男さん(中央)と拍手する母秀子さん(右)=16日、セストリエール(井上典子撮影)


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