信濃毎日新聞ニュース特集「2006長野県知事選」
村井氏、組織から支援広げ新たな連携
2006年8月 7日掲載

 初当選した新人の村井仁氏は、自民党県連、公明党県本部、労働団体の連合長野の推薦を得たほか、現職の県政運営に批判的な県議、市町村長、県職員OBらが幅広く選対に加わり、組織選挙を展開した。一方で、知事交代を目指す市民グループや、以前の選挙で現職の田中康夫氏を支えた勝手連のメンバーだった人たちからも支援を受けるなど、新たな連携が生まれ、現職を破る原動力となった。
 村井氏自身も街頭演説などで「県政を元に戻す意図で担ぐ人は、私にがっかりする」と繰り返し強調。支援者の一部には反発する声もあったが、結果的にプラス要因となった。
 選挙戦中盤では、旧来型の選対組織と、市民グループ関係者らが運動方針をめぐって激しくやりとりする場面も見られた。結び付きは容易ではなかったが、村井氏自身が「人の話をよく聞く」との姿勢を徹底したこともあり、支持を広げた。
 田中氏は、前回2002年の出直し知事選まで支持を受けていた同氏後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」(通称・しなやか会)の複数の有力メンバーを欠き、不十分な選挙態勢のまま臨まざるを得なかった。
 昨年1月、田中氏が旧木曽郡山口村の越県合併関連議案を提出しなかったことなどを発端に、しなやか会顧問だった八十二銀行元頭取の茅野実氏=長野市=が辞意を表明。事務局長で、前回選までは選挙実務も取り仕切った会社役員、小林誠一氏=同=も遠ざかった。茅野氏や同会会長を務めた切り絵作家の柳沢京子氏=同=は今回、村井氏の支援に回った。
 告示直前に豪雨災害が発生し、田中氏は災害対応のため公務を優先。選挙運動は、県議会批判やダム反対の運動をする県内各地の有志による勝手連、自らが代表を務める新党日本などで構成する確認団体による法定ビラの配布が中心となった。
 7月29日以降は積極的に全県を遊説。県議や市町村長、各種業界団体などの支援を受けた村井氏側を、改革を後戻りさせる勢力―と訴え続けたが、過去2回の選挙のような「風」を受けることはできなかった。


<前の記事 2006長野県知事選 トップ 次の記事>

掲載中の記事・写真・イラストの無断転用を禁じます。
Copyright© 信濃毎日新聞 The Shinano Mainichi Shimbun