信濃毎日新聞ニュース特集

トリノ冬季パラリンピック

トリノに競う(下) 10代4選手 全体の底上げ期待
2006年3月 3日掲載

 パラリンピックという言葉を初めて聞いたのは中学1年だった3年前。1998年長野大会、2002年米ソルトレークシティー大会は開かれたことさえ知らなかった―。
 こう話すノルディックスキーの太田渉子(山形県北村山高1年・山形)は、トリノ大会の日本選手最年少の16歳だ。
 クロスカントリーが盛んな山形県尾花沢市で育ち、小学3年でスポーツ少年団に入った。生まれつき左手の指がなく、ストックは右手だけ。「初めからそうだったから」、特別と思ったことはない。
 中学1年時に出場した夏のローラースキー大会で、居合わせた全日本チームの荒井秀樹監督に見いだされた。2年の時、カナダで開いた障害者のワールドカップ(W杯)に初参戦。昨季からは、荒井監督が監督を務める「日立システムスキー部」のジュニアクラブに所属している。
 「若い選手に早いうちからチャンスを与え、その選手の将来を開いていきたい」と荒井監督。海外遠征や合宿、用具の費用は日立システムが提供している。
 前回ソルトレーク大会で、日本勢の10代選手は1人だけ。これまでは経験豊富なベテランが中心だった。トリノは40選手中、太田とアルペンの三沢拓(波田町)、鈴木猛史(福島県猪苗代高2年・福島)、狩野亮(岩手大2年・岩手)の計4人が10代なのが特徴だ。
 三沢はニュージーランドでのスキー留学を終え、4月から順天堂大へ進学する18歳。スキーは小学2年で始め、5年から本格的にアルペンを始めた。小学生の時から「パラリンピックでメダルを取る」という夢を持ち、中学3年で全日本チームに入った。
 三沢は昨年2月のW杯フェンデルス大会(オーストリア)の大回転で4位に入っている。鈴木は1月30日から行われたW杯志賀高原大会の回転で優勝、大回転で3位。2人について、アルペンチームの松井貞彦監督は「自分も周囲もジュニアとしてでなく、全日本選手と考えている。若手の活躍はベテランやトップ選手に奮起を促し、全体の底上げにつながる」と期待する。
 アイススレッジホッケーの最年少は24歳の上原大祐(長野大4年・軽井沢町)。FWの第1セットで攻撃の柱になっている。中北浩仁監督は「2010年のカナダ・バンクーバー大会に向けては高校生の発掘も必要だ」と長期的な構想を立てている。
 「トリノ後」を見据えているのは若い選手たちも同じだ。「自分はまだ発展途上。金メダルを狙うのはバンクーバーとその次。今回、金を取ったら、そこで満足してしまいそうだ」と三沢。トリノを出発点に、夢は4年後、8年後へ続いてゆく。


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